世間は猫を殺す作家のことでなんだかもめてるようだ。
まあ、縁日で買ったひよこが大きくなったら、つぶして食ってしまうような人間にはとりたてて言うことはない。(とか言いつつココに書くのは↓です。)
自分の動物殺しをひけらかすのは、単にすっごい悪趣味ってだけだ。


本当に覚悟があったんだったら「耳と目を閉じ、口を噤んで孤独に暮らせ」よって思う(笑。
他人が読む前提で自分が命を奪ったことについて書くという行為はどんな言い訳しても「あなたは間違ってない」とか「あなたは正しい(とまではいかないけどその意見に賛同する)」とか、逆に「お前は間違ってる」とか「残酷すぎる」って誰かに言ってもらいたいということだ。そんな甘えが残ってるんだったら、殺すのやめるか、チラシの裏にでも書いときゃいいのに。

わざわざ言うのも野暮だけどさ、どういう形であれ自身の喰らった命について誰かに言ってみても、神様に許してもらっても、他人に罵られてもしょうがないことでしょうよ。かっちょぶーなこと言うと、そこには厳然とした自分と相手の関係があるってだけでさ、他者の介在する余地なんてないじゃん。なんか社会の為に殺してるんだとか納得したいことが残ってるんだったら新聞に書くより、猫供養したり、猫神様祭りなんかする昔ながらの優しいシステムだってあるだろうに。

ああ、こんなに分かってるのについ書いてしまう自分のそんな餌に釣られるかクマーが憎い。
ちなみに上記を腐女子的に簡略化して言えば、誘い受け萎え。そんだけ。